関東大震災では、地震発生直後から、多くのキャメラマンが被災現場に赴いて惨状を記録し、映画館やホールで公開された映像は大きな反響を呼んだと言われています。全篇を通してみることで、災害の実態を目の当たりにするとともに、救援や復興にかかわった多くのプレイヤーの存在を知ることにより、文化史としての関東大震災を読み解くきっかけになるかもしれません。

  • 帝都大震災 大正十二年九月一日(別題名 震災ト三井)

    1923年

    類焼により建物内部を焼失した三井本館等の被災状況と、三井の寄贈により建設された日比谷公園と上野・不忍池畔のバラックの様子を紹介する。同一映像が若干編集を変えながら繰り返しつながれているとともに、フィルム1巻目にあたる冒頭10分は、既存のフィルムからの重複によるものだが、中間字幕の枠飾りのデザインは一貫しているので、全体として1つの作品として取り扱われていた可能性がある。

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  • 東京関東地方 大震災惨害實况 大正十二年九月一日二日三日

    1923年

    兵庫県篠山町(現・丹波篠山市)の郷土新聞であった兵阪新聞社のクレジットがある作品。「第一報」で紹介される静岡県内の被災状況は、現存する映像ではこのフッテージでしか見ることができない。他作品との重複が多い「第二報」「第四報」の撮影は、地震発生から十日後あたりまでをカバーしていると推測される。

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  • 関東大震災実況

    1923年

    日活のカメラマンが向島の撮影所を飛び出し、地震発生当日から3、4日にかけての被災状況を収めたフッテージを含む一篇。同一画面の繰り返しや別作品の繋ぎこみが見られる素材だが、当時「決死的」と喧伝された撮影による映像の速報性や記録性とともに、構図やフレームに対するカメラマンの高い意識もうかがわれる。

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  • 東京大震災

    1923年

    震災記録の映像に日本語、英語の字幕が挿入され、外国人向けに公開されたと思われる作品。火災炎上中から鎮火後にかけての前半は、『関東大震災』[返還映画版]とカットはほとんど重複し、編集も酷似している。地震発生から数日後と思われる後半は、人々を観察するカメラにも落ち着きが見られ、異なるソースの映像を使用したものと見られる。

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  • 帝都の大震災 大正十二年九月一日

    1923年

    震災前のイメージカットから始まる構成で、語り調の中間字幕が印象的な一篇。撮影場所は上野、浅草周辺が多いが、主に震災当日と思われる火炎や強風の激しさに度肝を抜かれる。『関東大震災』[返還映画版]や『東京大震災』との間で多くのカットが重複しているが、編集にはかなりの違いが見られる。

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  • 関東大震災[返還映画版]

    1923年

    上野界隈や浅草十二階などが登場する前半は、激しい火焔が強風に煽られている様子や、街頭や線路上を避難民が埋め尽くす場面が記録されており、地震発生から間もない時刻に撮影が行われたものと思われる。鎮火後に撮ったと見られる後半では、焦土と化した各地の光景が次々と紹介される。

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  • 關東大震大火實況

    1923年

    関東大震災に関する映画のなかで、白井茂キャメラマンの「決死的撮影」により惨状を記録したことで知られる1本。東京、横浜の被災状況から、官民挙げての救護・治安維持活動、早くも始った復興への歩みに至るまでを、5巻ものの長篇にまとめている。

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