宮城外苑に設置された日本赤十字社救護所

日本赤十字社救護班による活動。宮城(現在の皇居)外苑に設置された救護所と思われる。

クリップ詳細

クリップ名称 宮城外苑に設置された日本赤十字社救護所
映画題名 關東大震大火實況
クリップTC[in/out] 00:30:40:06 / 00:31:33:10
カテゴリ[場所/シーン] 千代田 / 救助・救護・救援
推定される撮影場所 日本赤十字社宮城外苑救護所
推定根拠 日本赤十字社編『大正十二年關東大震災 日本赤十字社救護誌』(1925年)口絵「宮城外苑救護所全景」とほぼ同じアングル。
自動車の側面には「日本赤十字社 東京支部」と書かれている。同書82頁によれば、この大きな天幕は「東京支部夏季林間兒童保養所用百余坪」のものであった。
なお、このクリップには、軍帽をかぶって治療にあたる医師の姿が写されている。陸軍軍醫團(渡邊昌)編『軍醫團雑誌號外 大正十二年九月陸軍震災救療概況』(1924年)附表第一 救療機関一覧表 其二に「日比谷公園鶴池附近及宮城前楠公銅像前」で活動したという記録がある。これが本フィルムに映っている活動を指すものと思われる。第1師団第3救護班第2次隊の小川馨 一等軍医、菅井正雄 三等軍医、齊藤俊夫 三等軍医たちによる活動と思われる。
典拠資料 日本赤十字社『大正一二年關東大震災 日本赤十字社救護誌』(1925年)
(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/985267/27https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/985267/86
旧住所 麹町区
新住所 千代田区
推定される撮影時間 9月5日14:00~19:30
推定根拠 陸軍軍醫團(渡邊昌)編『軍醫團雑誌號外 大正十二年九月陸軍震災救療概況』(1924年)49頁によれば、活動は9月5日14時から19時30分まで。
典拠資料 陸軍軍醫團(渡邊昌)編『軍醫團雑誌號外 大正十二年九月陸軍震災救療概況』(1924年)
関連資料 -
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